i live now

死生観について急に思い出させられる時がある。特に壮大な時間の流れなんかを体感するとそうなる。ちょっと前に増田に投稿したことがあったけどね。自分が今存在することは、無限の可能性の中で無限回数の中の出来事であり不定である。ただ自分がいずれこの世からいなくなる事はほぼ確実であり、避けられない事である。自分が無くなるというのは、ほぼ自分の意識、の喪失と同義であると考えて間違えない。自分を構成している細胞はほぼ毎日死んでいる。自分を構成している元素が激しく入れ替わっているのと同じように。昔と全く同じ自分が存在しないのは、意識の変化もそうだが、体を構成しているすべてからそうだといえるのだ。(はっきり細胞が全部入れ替わると言い切るのは微妙かも、諸説あるようです。)